リアル東京、リアル人生。
一昨年の暮れだっただろうか?
年末に彼と東京デートをしたとき、
早朝に歌舞伎町のマックに入った。
あの時間なのに店内は込んでおり、
私達は2階の端っこの席に座り
コーヒーを黙って飲んでいた。
視界の先に、黒いスーツに金髪のお兄ちゃんが
数人座っている。
いかにもホスト、という感じの彼らは、
一晩中仕事をしていただろうに
妙にハイテンションな雰囲気で、何かしゃべっている。
私の席の横には、作業着を着た、50代くらいのおばさんが1人、座って
食べている。これから仕事に出かけるのだろうか、それとも一仕事終えてきたのだろうか、
それはどちらでもよい、それよりそのおばさんを見た瞬間、
自分と何かがダブった。
「私は少し何かが違っていたら、あのおばさんのようになっていた」
そう思うと、「決して誰も近づけないわよオーラ」を放つおばさんに、妙な親近感を勝手に抱き
そしてあのおばさんのこれまでの人生に何があったのか、
勝手にストーリーを作ってしまったりする。
肩肘張って、世の中に背中を向け、何さこんなもん、そんな感じで座るおばさんは
実は多分きっと、とても繊細な人なんじゃないかと、思ったりする。
そして着ている作業着が、おばさんという存在を更にリアルにさせる。
そのほかにも、どんな職業なのか?おじさんがいたり、若い女性がいたり。
とても妙な空間だったけれど、そこはまさに「リアルトーキョー」
マックだから、歌舞伎町だから、見れる、リアルに生きる人たち。
生きるって、本当に生々しいものだと私は思う。
人の本能って、恐ろしいほどどす黒い血のような感じがしてならない、
どんな苦しいことも、汚いことも、話し方によっては美しく聞こえたり、
都合よく聞こえたりすることもある。
でも、私は美しいだけじゃ生きられない、本能丸出しの部分で
誰かに真正面からぶつかり、時に砕け、時に吸収され、時に融和する、
そういうある種の快感を知ってしまった
(もしかして知ろうとして知ったわけではないのかもしれない、とも思ったりする)
私の生きる、とは何だろう
生きるってリアル、リアルとはじゃぁなんだろう
私は私でしかない、ということなのだろうか
格好つけても、その格好は格好つけている以上いつかどこかで剥がされ、
格好で覆われた自分は私のようで、私ではない。
そうか、だからセックスは私にとって、生きている、という実感を得られる1つの
手段であるのか?と思ったりする。
そしてセックスのあとどうして自分の気持ちがすぅっと出せるのか、
いや自然に出てくるのか
多分セックスしているときの自分が一番自分っぽいのかもしれない。
そう考えると、性とは、やはりヒトにとって、生きるということでとても重要なことに思える。
繋がることだけがセックスとは思わない、
快感を得ることだけがよいセックスとも思わない、
人間の一番リアルな生きている姿って、セックスしているときなのかもしれない。
生々しい、毒々しい、ただの男と女。
そうか、私はただの女だったのか、母でもなく妻でもなく(いや今私は独身だ)
社会人としての私でもなく、ふらわーというネット上の私でもなく
私はただの自分なのか?ということを初めて実感したのは、あの歌舞伎町のマックで、かもしれない。
今日、夜、車を運転した。意味はなかった。ただ走りたかった。
国道から左に折れ、浜名湖沿いの道沿いにPがあり、何気なく寄ってみた。
湖方向に向かって、車が一定距離を保ち、止まっている。
皆カップルの車だろうか
彼等は何を語っているのだろうか?それとも無言で密着しているのかもしれない。
車のライトを落とし、そこを抜け、バイパスを走る。
ベージュの作業着を着た男性が、金網をよじ登っている。何のために?
高校生のカップルが自転車を二人乗りしている。女の子は彼の腰にぎゅっとつかまっている。
横浜ナンバーの車が走っている。助手席に、子供が座っている。家族旅行だろうか
小雨が降ってきた。月明かりが、日本地図の四国のような形の雲をぼんやりと照らしている。
私は、これからどうなっていくのだろうか?
ただ言えるのは、私のリアル人生は、彼との出遭いで発見できたということだろう。
| 固定リンク
「雑感」カテゴリの記事
- 続 誰かの幸せを願う気持ち(2009.07.12)
- 10年先(2009.07.05)
- 蒸し暑い日々、考える。(2009.06.23)
- 王道なし(2009.06.06)
- フマジメ(2009.05.03)



コメント
私も一時早朝の歌舞伎町の喫茶店によく寄っていました。
いろんな人がいますよね。よくお会いしましたのでオカマちゃんには何の違和感もありません。
私はセックスはとても大切なものだと思っています。体のコミュニケーションが上手くできているうちは心もうまく繋がっているってことでしょうか。残念ながら夫婦も長くなりますとほとんどなくなります。手をにぎるような単純な体のふれあいでもいいのにね。
投稿: uminoasayake | 2008年4月19日 (土) 23時15分
海さん、そうなんですよ、本当に色々な人がいて。
びっくりというより、心地よい刺激を受けた感じ。
オカマちゃんといえば、洋服売り場で声をかけられて、一緒に買い物したことがあって(笑)これ昔書いたかなぁ?(笑)
自分はこうでなくては、という思いが強ければ強いほど、人もこうでなくては、と求めてしまうものなのかな?などと思ったりします。違う部分があるからこそ、それこそ人間ぽくって私は好きなんですけどね。
そうですね、信頼感の全くない人とはセックスどころか、同じ空気を吸いたくない、気持ち悪くなるんです、ホント・・・。
私は10年間だけしか夫婦をしてなかったので
長年一緒にいる人がどのような存在に変化してゆくのか、よくわからないのです。時々お年寄りの夫婦で手をつないで歩いている方を見かけるのですが
そういうのっていいなぁって思います、が日本の男性は嫌がりそう・・・・(笑)
いやこれからの男性は変わるでしょうか?!
投稿: ふらわー | 2008年4月20日 (日) 08時45分