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2008年5月

ベランダ菜園③

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朝起きてまずすること

「野菜のチェック」

帰宅してまずすること

「野菜のチェック」

植えたときは上の写真、今はこんなに大きく育ってcatface

そしてとうとうピーマン(ぴーすけ&ぴーこ)に花がっhappy02

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か・・・か・・・かわゆいlovely

誰でも簡単に育てられる野菜ばっかだけど、茎が伸び、葉っぱが増え

花が咲くと、やっぱ嬉しいもんだねぇ

ところで、最近どこへ行くにもデジカメを持ち歩くようになった、んだけど

なかなか撮るときがない、っていうか

思うよーに上手に撮れなくって、ボツが98%(笑)

連休も、友達が初子(浜松まつり)を出すというので、旦那さんの実家へ

お呼ばれしたんだけど、その時撮った写真30枚くらいあるんだけど

変なのばっかでweep

これから修行しなきゃ。

数少ない、自分がとった中でのお気に入りはこれ。

去年浅羽町のコスモス畑に行った時の一枚。

お気に入りっていうか、ピントが合っていた数少ない一枚、なだけ(笑)

写真も練習かな?

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「毒になる親」

「愛する」ってどういうことなのか、わからなかった。

「安心感」とは何なのか、わからなかった。

「しあわせ」とはどういうときに感じるどういう感覚なのか、わからなかった。

自分がACではないだろうか?と思うようになって3年くらいだろうか?

「親は大切にするもの」

どうして大切にしなくちゃならないのか?会いたくもないし、話も最低限しかしないし

うっとおしい存在でしかない。(なかった?)

思えば、母は共依存な人だったんだろうな、

常に子供を支配していた。

私とやり合ってから(笑)少し変わったのか??よくわからないけど、

あまり気にならなくなってきた。

でも、多分私のことを支配できなくなったので、その矛先が妹にずっと向かっていたのは

わかっていた。

そして母の思う幸せを、妹に押し付け、

バカな妹はそれを受け入れ、再婚した。

あ。別に再婚した旦那さんが変な人っつー意味じゃない、

いい人すぎる、っていうか「普通」の感覚を持っている人だと、直感で感じた、

だから、多分妹が物足りなくなる、っていうか違和感感じるようになるんじゃないかって

不安に思ったりする。

彼女は自分が親に支配されている、っていうことに気が付かないと

幸せにはなれない、って思う、だから、妹が再婚したときは正直素直に

喜べなかった。(母は喜んでいたけど)

だから、しばらくずっと実家とか妹から、距離を意識して置いていた。

自分の中でちゃんと決着つけるには、共依存(であろう)な人と離れることが

必要だと思っていたから。

「毒になる親」っていう、きつーーーい内容の本があるんだけど(笑)

これには「毒になる親を許す必要はない」と書かれていて、画期的なんだけど(笑)

自分の中で本当に消化するには、一旦棚にあげる必要がある

と言われ(これは彼に言われた)

その意味がよくわかんなかったんだけど、その頃これを読んでいたら

なるほどなぁって簡単に棚上げできた、かもしれない。

帯に恐ろしいことが書かれているtyphoon

子供は一生苦しむ

毒になる親に傷つけられた子供の心は、年を重ねても癒されることはない

不安、怒り、過剰な義務感、つきまとう罪悪感

ひえぇぇcoldsweats02

まぁでもそうかもしれない

でも、親を恨む気持ちってだんだん減ってくる、っていうか

まぁいいか、みたいに思えてくるのは事実かも。

そーいう自分と付き合っていこう、って思える、っていうか。

毒になる親に育てられた子供は、愛情とは何なのか、人を愛したり愛されたりすると

いうことはどういう気持ちになることなのか、ということについてよくわからず

混乱したまま成長する。

その理由は彼らは親から「愛情」の名のもとに「愛情とは正反対のこと」を

されてきたからなのだ

(中略)

本当の愛情とは何なのかがようやく理解できたとき、自分の親は愛情の無い、

または愛情を理解することのできない人間だったのだということを

思い知るだろう。このことこそあなたが受け入れなければならない、

人生で最も悲しい事実なのである。けれども、はっきりと親の限界を知り

彼らのおかげでこうむり苦しんだ被害について明確に確認することが

できたとき、あなたは自分の人生において本当の愛情であなたを愛してくれる人たちの

ためにドアを開けることになるだろう

(中略)

人間として真に成長するのは平坦な道のりではない

不安、恐れ、罪悪感、心の混乱、などといったものが永久になくなることは

ありえない。そういうものがないという人間はこの世に存在しないのである、

だが、あっても、もう左右されなくなる、これがカギなのだ

(後略)

「自分の幸せってなんだろう?」

「幸せになりたい」

心から願ったときから、きっと変わっていくんじゃないかと、思ったりする。

この本では「一生許せなくても良い」と言ってると思うけど、

そう言ってくれるからこそ、許せるんじゃないかと思ったりもする。

「許さなきゃ」って思っていると、いつまでも本当の意味では許せないような気がする。

それこそ一旦棚にあげて初めてできることなんだなぁって、これは実感。

(棚にあげっぱなしになってしまう人もいるのかも知れないけれど)

前、言われたんだよね

「自分が許すのは自分自身」だと。

その時は意味わかんなくて。

でも今ならわかる。なるほどなぁ、って。

「毒になる親」に育てられた私は多分「毒になる親」なんだろーなぁ

でも自分を責めることはしない。(それでよしとするということではない)

ただ「ありのまま」を認める(これが難しくて、最初全然できんかった)

反省も、もちろんする。

私は今、自分の親のことを恨んだりしてないし、会いたくないとも思ってないし

(いやまだ100%とはいえないけど)

親も苦しんできたんだと、なんとなくわかってきた(ような気がする)から。

私が完全回復することは難しいような気がする。

40年かかって作った借金は返すのにも40年かかる(前にも書いたか・・)

だから死ぬときにやっとこさ全てがわかるような気もしている。

まぁぼちぼちと行きましょう(生きましょう)、ぼちぼちとsnail

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自分を鍛える

自分を鍛える、って体力作りとか身体をしぼる、っていう意味じゃなく

精神的に鍛える、っていう意味で。

私の勝手な持論(?)では、自分を鍛えるのに、

①仕事 ②子育て

が大きかった気がする。

①の仕事は対社会、対ヒト ②の子育ては対自分、だと思う。

だから鍛えられる部分も異なるように思う。

かつての自分って、鍛える場がちゃんとあったのにも係わらず

鍛えることから逃げまくり、その結果そーいう自分がいたわけで。

逃げることをさせてもらえない状況にさせてくれたのは

以前もどっかで書いたよーな気がするけれど、はかせのAS、で。

ASの子供の特徴をわかりやすく説明できない私・・

というか多分色んなタイプがいるから、ひとくくりになんか出来ないだろうけれど。

はかせは否応なしに現実を突きつけてくれる、悲しいけど。

多分自分は大変なんだろーけど、大変っていうことばがまず嫌いだし(笑)

自分では大変とは思っていないのも事実。

毎日毎日繰り返していると、それが普通になってしまっているのかもしれない

(ある意味麻痺している、というか)

先日もいつものセンターの心理受診へ行ってきたんだけど

今まで先生(心理の方)に話さなかった(話す機会も無かった)離婚の本当の

経緯を先生に話して欲しいと言われ、つらつらと話していたら

なんかもういいか、っていうか、私が至上最低の無責任男と思っている

(そんでもって、至上最高に嫌いな人)(うわー言ってしまった)元だんなの

存在自体がもういいか、って感じ、っていうか(笑)

全てしゃべったあと、先生は

「うーーーん」と言った後

「こんな言葉で言っていいのかわかんないけど、よくこれまでやってきましたね」

「いや・・いい加減にやってきました(笑)」

「いや、そんなことないです(笑)」

「いやテキトーです(笑)」

そう繰り返したあと、泣けてきちゃって。

私は頑張ってきたのだろーか?よくわからない。

ただ必死だった、自分なりに、だけど。

無事保育園も小学校も卒業でき、不安だった中学校も、色々あるけど

なんとか学校に通っているし

これからも多分なんとかなるだろーと(いや何もせずになんとかはならないだろうけど)

「いい加減(良い加減)」に進めたらいいかな。

はかせは目に見えるとわかりやすいので、春休みにセンターに1人で行くとき

自分でやったことの無いバスの乗り換えや

料金の支払い、間違ったバスに乗ってしまった場合の処置の仕方

もろもろを全て紙に書いたり印刷したものを持たせたけど、

その方法はとても良かったみたい。

今度は電話の応対マニュアルかな。

ちゃんと説明しても、理解できなくて、電話に出ても無言だし、応答も出来ない。

でもマニュアルがあれば、できるような気がする。

チャレンジだpunch

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 K.ODA「今日もどこかで」その④ 

おだっちの「今日もどこかで」

やっとこさフルで聴けるようになりましたねぇnote

http://www.fareastcafe.co.jp/

聴くと、ライブの興奮再びっっっheart01って感じになってしまう

最終日の大阪城ホールチケットの先行予約期日をすっかり過ぎてしまい

(ありえない・・・なんてこった・・・一体私は何をしていたんだろう・・)

プレスの譲渡にまず登録してみて、それで取れなかったら

電話だな・・

それでダメだったら・・・前回ツアーの苦労再び、になるわけでsweat01

まぁしょーがないね。

最終日だから取れるか自信がないのも事実

もしとれたら、仕事は1時間休みを貰い、速攻帰宅、ひかりにのって

ぎりぎりってところかな

問題は帰宅で、前回はアンコールのライトをふっている途中で

泣く泣く帰宅するハメ再び、は繰り返したくない!

で、「ムーンライトながら」で帰宅しようかと・・・・・

AM2時には家に着けるだろうし、次の日は休みだし

でも深夜の電車ってちょっと怖い気もする(殺人もあったし)

女性の方で「ながら」に乗ったことのある人、どうだったか教えて欲しいです!!

気付かないうちに 助けられてきた

何度も何度も そしてこれからも

数え切れない 優しさに出合ってきた

懐かしい笑顔が 浮かんでは消えてゆく

誰かが いつも君を見ている

今日もどこかで 君のこと思ってる

巡りあって そして愛し合って 許しあって 

僕等は 繋がってゆくんだ

透き通る光が わけ隔てなく

全ての人たちに朝を運んでくる

その一歩を もうためらわないで

誰かがきっと 受け止めてくれる

一度きりの 短いこの人生

どれだけの人たちと 出会えるのだろう

本当に大切な人たちと かけがえの無いその人と

この広い空の下で

降り続く雨は やがてあがる

隠れてた青い空は どこまでも広がってゆく

誰かがいつも君を見ている

今日もどこかで 君の事思ってる

巡りあって そして愛し合って 許しあって

僕等は

繋がってゆくんだ

(実際の歌詞の文字とは違うと思います)

いやぁーーーいいですねぇ

もう一度生で聴きたいっっ、泣く自信あるsmile(っていうか泣いたしcoldsweats01

「おかーさん、チケットとれた?」

「いや・・とれてない、っていうか行っていいの?」

「うんっ」

ううぅ・・・ありがたい・・・小田さん命(古っ)を知っているぴー、こんな風に言ってくれてる。

こんなハハを許してくれてるのかしらっ。。う・・・嬉しい・・・・

「オレは大阪は行かないで、おかーさん行ってきな」

(前回名古屋で次の日学校があり、苦労したからか?)

頑張ってチケット取らなきゃpunch

(っていうか、それより先にまず放大の課題をがんばらなきゃいけないんじゃ・・・sweat02sweat02sweat02

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ブルトレに乗りたい

私は子供の頃(子供って言っても、高校生くらいのころ)

今でいう鉄子だった。いや、鉄子と言っていいのか微妙なところだけど

とにかく愛読書は時刻表だったし(笑)1人で出かけたりした

(と言ってもお金が無いし勇気も無かったので、東京より東、大阪より西、には

いかなかったけれど)

その頃より憧れの乗り物だったのが、寝台特急、いわゆるブルトレで

いつか乗ってみたいとずっと思っていた。しかも個室が憧れだった。

ところが、新幹線がどんどん開通し、のぞみなんかも走るようになったから

本数がどんどん減っていき、現在、浜松駅から乗車できる寝台特急は

「富士、はやぶさ」(しかもいつの間にか合体している)と「サンライズ」(出雲、高松)

の二本。サンライズの車体は青くないし(クリーム色っぽい感じ)

車内も写真で見る限り、現代風(新しい、きれい、広い(多分))

どうやら「富士はやぶさ」も来年の3月で廃止になるらしく、

「おかーさん、ブルトレ乗りたい!!」

としつこく言うぴーの誘惑に負けそうになってきた(笑)

ぴーは西村京太郎ファン(どうしてか?わからない)のため、そこでブルトレを知り

興味がわいたらしい。

しかし、計算してみると、寝台を使うより、新幹線や、新幹線+特急を使うほうが

料金も安く、もちろん時間も早い

・・・こりゃなくなるわけだな・・・

一応、富士はやぶさを使った旅行計画を立ててみるものの

予算的に厳しい(去年かなり使ったし)

せっかく熊本に行くなら、阿蘇も行きたいし

大分に行くなら、別府温泉を堪能したい

(しょっちゅう行けるとこじゃないし、へたすりゃもう一生行かないかもしれないし)

日数が確保できてもお金が確保できん!!sad

高松・・・出雲・・・悪くないけど、子供には地味な感じ

しかも出雲にサンライズで行ったはいいが、帰りはどうすりゃいいのだ?

(サンライズの上りは浜松には止まらない)

あそこから帰宅するには時間も費用もかかりそうだ・・・

そうだ、20年前から行きたいと思いつつまだ行ってない広島はどうか?と思い

調べてみると、朝5時半には駅に到着

・・・・ついたあと一体どこで何をしていりゃいいのか・・・・・・・

この計画は計画で終わってしまう気がするsweat02

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ベランダ菜園②

着々と大きくなっているベランダ菜園の野菜たちbud

朝起きたとき、帰宅したとき、眺めるのが日課になってしまった。

先日はオクラにアブラムシがついているのを発見

はかせ「うぉぉ気持ち悪いぃ」

私「ふむふむ、これがアブラムシか」

2人で眺めるだけで、とろうとしないcoldsweats01

見かねたぴーがティッシュでとってくれた。

ぴーがベランダ菜園に一番興味がないらしく、私とはかせが

「実がなってきたねぇ」などと話していても、全く会話に乗ってこないし

野菜たちの観察をしようともしなかったけれど

だんだん気になってきたらしく、アブラムシ駆除の薬剤を買ってきてくれたんだよねhappy01

プランターに3本苗を植えたんだけど、大きくなってきて込み合ってきて

主任さんに聞いてみたら

「3本は多いねぇ、今ならまだ大丈夫だから、植え替えた方がいいよ」

ということで、プランターを買ってきて、2本ずつに植え替えることに。

ついでに「トマトの枝の間からでてきた枝はつくから挿してみな」

と教えてもらい、上手につくかわからないけど、チャレンジしてみることにpunch

添え木が家にある分だけでは全然足りず、用務のAクンに

「使ってない棒、あったらちょうだい」とお願いしたら

大量に入手でき、これで、台風が来ても(笑)安心。

いやーー園芸(?)がこんなに楽しいとは思ってもみなかった・・・・・

おかしい・・・

おかしいぞcoldsweats01

今日は仕事帰りに小○農園によって、プランターや土を買ってくる予定

(セール中だし)

仕事帰りに、土、を買うとは・・

ファッション小物とかオシャレなものじゃないところがちょっと哀しい(笑)

でもいいのだ、楽しいからねnote

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違和感

ぴーの通う学校には(いや、どこの学校にも最近はあるのかもしれない?)

母親ボランティアというものがある。

授業のお手伝い(主に家庭科らしい)とか、低学年の校外学習時(近所)の

行き帰りの付き添い(車が危ないから)とか、もろもろの活動があるらしい。

そのおかげで子供達が安全に学校生活を送れるのなら、ありがたいことだと思う。

ただ、活動内容で1つだけ、うーーむ・・・というものがある。

「子供に掃除の仕方を教える」

ほうきの使い方とか、ぞうきんのしぼり方がわからないので、そうじがちゃんと

できないらしく、先生1人では指導しきれないのでお願いされたらしい。

それを聞いたとき、「そうじの仕方は本当は学校で教わるものじゃないら?」と

言ってしまったものの、今の時代はそーいうものなんだろうか?と考えてしまった。

いや、学校の階段はこうやって掃除するとか、家とは違う方法を教えてもらうのは

構わないけど、ほうきの使い方を教えてもらうっていうのは、何か変な気がする・・

はっきりいえば、母親(私を含む)の怠慢なような気がしてならない。

私の住む地域は街中にも近く、バイパスもあるので交通量が激しく、

毎日全校生徒の親が旗振りをするんだよね。

正直危ない箇所が多いし、車も朝は突っ込んできたりするから

旗振りをすることはいい事だと思う、んだけど、

点滅になっているのに走って渡ろうとする低学年(しかも道幅は広い)を

何度静止したことか・・・ひどい子供は赤でも渡ろうとする(たまにだけど。)

旗振りで立っているときは「あぶないぃぃ~~~」って守ってあげられるけど

(とにかく車も殺気立っているし)

いないときは一体どうなっているのか・・・(毎日全箇所に立っているとは限らない)

子供と一緒に普段道を歩いていれば、「点滅すると危ない」とか

車道にでてはいけない、とか教えられるし、子供も学べると思うけど

どこへ行くのにも車だったり、そういうこと自体を怠慢で教えないということも

あるのかもしれないし、車が避ければいいと思っている人もいるのかもしれない。

   私の勤務先の某部活は夏になると、親が交代で毎日(平日も。練習時も含む)、

冷たい飲み物(麦茶など)を作り、持ってきて、活動中待機しており、

休憩時間とかに給水させる、らしい。

むむ・・・・中学生だぞ・・・・?

お茶を作るのはいいかもしれないけど、自分で飲めるんじゃないか????

「そのおかげで熱中症にはならない。他の部活ではなるけれど」らしい。

親が付き添う(しかも練習)必要性はないと私は思うんだけど

(いや、主任さんも思っている)

そーいうものなんだろうか・・?????

 小さい頃は子供も何もわからないから、親がちゃんと守ってあげる必要が

あると思うけれど、小学校に入学する頃には、言えば理解できることもあるから

親が「子供のために」と思って守ってあげるだけじゃなくって

自分の身は自分で守る、っていうことも教えてあげなきゃ

いつまで経っても道は安全に歩けないし

熱中症にだってなってしまう。

もちろん交通事故や熱中症になって欲しくないけれど

なって欲しくが無いために手を出しすぎると、自分では何も出来なくなってしまうような

気がする。

ふと自分を振り返ってみると、生活するのに基本的なことを子供に

ちゃんと教えているだろうか??(いわゆるしつけといわれる部分)

疑問だし、いい反省材料にもなった気がするし、

「危ないから」という理由で排除してばかりで、こうやったらこうなるということが

足りないような気がする。別に熱中症に実際なってみる、っていうことじゃなくてね。

そういうのが甘やかす、っていうことなのかなぁ?

人のふり見て我がふりなおせというけれど、

私も気をつけなくっちゃ。。。

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じぶんのため

 自分が今している、色々なことは、どうしてしているんだろう?

 子供のため?

 親のため?

 旦那のため?

 世間体のため?

 学校のため?

 知らない誰かのため?

 愛する誰かのため?

前は、例えば子供会の役なんかは「子供のために、やっている」なんて

思っていたけど、最近は何かちがうなーと感じたりする。

自分が今やっていることとか、ついている仕事、身の回りで起こった状況、

などなどもろもろの全ては、全部自分が選び取ってきたものだと思う

(この前書いたけど。)

だから、やっているすべてのことも、誰かのためじゃなく

自分がやりたくてやっているんだろうなぁと思う。

山のような洗濯を干したり、毎日食事を用意したり、仕事に行ってくたくたになるのも

全部自分がやりたくて、やってる。

自分のためにやってる。

それは自分勝手に生きる、ということとは、違う。

そうじゃなく、自分の人生を誰かのためのものにするんじゃなく

自分のためのものにしたい。

もちろん家族も仕事も勉強も趣味も全部大事なものだけど

自分のために人生を使えなくて、どうして誰かの人生を大切にできるのだろうか?

誰かの人生を大切にするには、どうやって人生を大切にしたらいいのか

方法を知らないと出来ないように思う

(それは机上とか理屈とか想像でわかるものでは無いと、私は思う)

結局、経験、なんだろうなぁ

経験したことのないことは、どうやってもわからないんだって感じる。

そういう意味で、平凡な人生って、私はつまらない(笑)

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通信指導問題

いつだったか(忘れている・・・)届いた、通信指導問題。

今回新たに登録した5科目分がずっと開かず(開けず?)状態だったものの

そろそろやらないとまずい・・・と思い、

まずは放送授業をかなり先まで聞いてまとめてある、唯一の科目coldsweats01

「自我の社会学」にとりかかった。

自我の社会学は教科書も薄いし、内容も非常にわかりやすい。

ただ、社会学者の名前とかその人が唱えた「なんとか論」とかが

たーーくさん出てくるので、それをとにかく覚える必要が・・・

そして、次はどれをやろうか・・・・・・

・・・・悩み、「NPOマネジメント」を。

内容的には、前回とった「地域福祉論」と多少かぶる部分があるし

産業と技術専攻科目だけど、内容的には福祉にも近いか?といった感じなので

とっつきやすい。内容もわかりやすい(と思う)

ただ、問題を見ると、用語の暗記&理解だけではダメっぽい

自我の社会学より手こずりそう

それより何より問題は「欧米の社会福祉」

社会福祉だからいいだろうととってみたら、なかなか難しいし奥も深い。

まだ問題自体見ていないのでsweat01どの程度のものが出されているのかわからないけど

教科書を読む限りでは、苦戦しそう・・・

(そー言う意味では「がんの健康科学」も同じかも)

まぁ簡単にとれるものばっかなわけないもんね

地道にこなしていきましょうかね・・・・sad

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節目健診

先月一通のはがきが届いた。

裏を見てみると「節目健診受診券」と書かれていて

むむ・・・・?これは一体・・・

骨粗鬆症  自己負担金 600円

歯周疾患 自己負担金 450円

などと書かれており、詳しくは広報に載っているようなので、掘り出して見てみると、

40,45,50,55・・・と40歳以上5年ごとに受けられるらしい。

・・・・そっかーー、もう40だもんな(笑)

そういえば職場の健診の申し込みをしたときも

「乳がんは40歳以上(遇数年)だから、私は受けないですーー」と言った後

紙をよく見て見ると

乳がん健診該当年齢

S43,4,2~S44,4,1生まれ

・・・・

・・・・

おや?該当年齢だった(笑)

今年は職場で受けられるのかぁ、ラッキー(笑)

健診は元職場で行われるんだけど、検診を行うDrを知っている(しかも男)ので

すごーーーーーーーく嫌だったんだけど

(しかもそのDrのこと、あまり好きじゃないしsweat02

ちなみに私だけじゃなく皆から好かれてなかった)

もう他のDrになったので、安心して受けられるdelicious

いつまでも若いつもりでいるけど、もう気持ちだけで、実際の身体は

あちこちガタがきてもおかしくはない年齢・・・なんだろーなぁ

自分の身体は自分で守らなきゃね。

ちなみに、毎年肝臓(数値低すぎ・・だからあまり問題にはならない)

と心電図がひっかかるのだ、

年々Bランク、Cランクがでてきて、オールAだったころが懐かしく感じるこの頃・・

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憧れの乗り物と便利さと。

私の小学校の修学旅行は東京だった。

私の1つ上までは、伊勢へ日帰りだったのだけど、私の代から

一泊で東京になったと聞いたとき「やったー」と思った。

東京へ行くのは初めてじゃなかったけれど、すごく嬉しかった。

半日バスにゆられ、到着した最初の場所が、羽田空港だった。

私の住む県では飛行機は全く身近な乗り物ではなかった。

空港は無いし(よって、飛行機を見たこともない)、それより当時は飛行機は

お金持ちじゃないと乗れないものであると、思っていた(笑)

まさに、憧れの乗り物。

だから羽田空港を見学できるというのは、夢のような出来事で(笑)

ターミナルビルの屋上(多分)で持参したお弁当を食べた。

下の方を見ると、飛行機がいた。

感動したなぁ

大人になって、初めて飛行機に乗ったとき、すごく感動した(笑)

嬉しくてね、1人ではしゃいだりして(笑)

子どもの頃から、東京の全てが憧れだったなぁ(田舎モンだったからかな?)

どうしてだろう?理由はよくわからないけど、あの頃から東京に住みたいって

思っていた。(今も思っているけど)

そーそー、子どもの頃、他に憧れていたのが、新幹線の食堂車(笑)

浜松からは当時はこだましかなく、こだまには食堂車が無かったんだよね。

いつかひかりに乗って、食堂車を利用したかったんだけど、その前に無くなってしまった。

新幹線といえば、昔は冷水器がついていたんだよね。

紙コップが設置されていて、それに注いで、飲む。

意味もなく何回も注いで、飲んだりして。飲みたいわけじゃないのに(笑)

でも、どうして冷水器がついていたのだろう?

鉄ちゃんだった彼にも聞いてみたけど、わからないよねぇ、で終わってしまった(笑)

乗りたいといえば、ブルトレもまだ乗ってない。

昔は時刻表にも「寝台列車」のページがちゃんとあったけれど

今は無くなっちゃったね、まぁあれだけ新幹線が走るようになると

もう要らないのかもしれないけれど。

何かね、時間が節約できて、早く着く、っていうのは確かに時間を有効活用できて

すごくいいことなんだと思うけれど、

何か、ほのぼのとしたもろもろのものが無くなってしまったような気もする。

これも彼と話して盛り上がったんだけど、

L特急とかに乗ってて駅に着くと駅弁売りのおじさんとかおばさんが来たりとか、

昔のお茶は、プラスチックの容器に入っていて蓋がコップだったとか

あのお茶がどうもプラスチックくさかったとか

話すと色んな「懐かしい」が出てくる(笑)

そうそう、話がそれるけど、私、最近の高速のSAやPAがあまり好きではない。

まずどこのSAやPAにもコンビニがある。便利かもしれないけど

どこも同じでつまんない。

それに妙にきれいになりすぎて、置いてある商品もどこも似たようなものに

なってしまって、やはりつまらない(笑)

「ここに行ったら、あれを食べる(食べたい)」っていう特徴あるものが

何か減ってきている気がするんだよね。

それに、あの小汚い(失礼?)な感じがまたよかったりしたんだけど(私は)。

これもコンビニのせいだと私は勝手に思っている(笑)

いつでもどこでも同じ商品が手に入るという安心感みたいなものはあるかもしれない

だから、仕事で高速を使う人にとってはいいのかもしれないなぁ

かなり脱線してしまった・・・

今の時代は、ものがたくさんあって、それを利用することが誰も可能になって、

そして、便利になりすぎて。

それはいい事かもしれない。

ただなりすぎると、感動することという能力が衰えて行くような気がして

哀しい気もする。

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本能

「ねぇおかーさん、今日バスの中でオカマ・・っていうかニューハーフ、見ちゃった」

「へぇ?どうしてわかったの?」

「だってね、長い金髪でピンクのぴちぴちのジーンズみたいなのを穿いてるんだけど

股間がもっこりしてたし、声が男の人だった」

「へぇ?」

「なんか不気味だった」

「そう?私なんかジャスコで声かけられたことあるけど、不気味じゃ無かったよ」

「そうなんだ、でもどうして女装するのかな?」

「うーん、理由なんて多分ないんじゃないかな?ほら、おなか空くとご飯食べたく

なるよね?そーゆーとき別に理由なんか無いよね、おなかが空いたから食べたいって

いう、本能。それと同じなんじゃないかな、多分」

「ふーーーん」

clubclubclub

本能・・よくわからない力だ。

人は意識的に選んでいるものもあれば、無意識に本能で選び取っているものだって

ある。

どうして?って考えても理由が見つからなくて、

でもその奥の奥の奥のほうには、私の知らない私がいたりする。

昨日「居場所」について書いた後、考えてみた。

居場所、ありますか??

自分の本当の居場所。

「居場所って、何?どこ?」

そう感じる人は持っていないのかもしれない。

子どもの頃の私の居場所は、ベット(布団)の中だった。

それも大人になってから、ああ・・ってわかった事で、その時はそんな風に

思っていなかったけれど。

私にとっての居場所は、本能で心地よく感じるところ

ずっと転々としてきた。

無意識に「誰か」の中に求めてきた。(自分じゃ全くわかっていない)

でも、そーいう大切な人がいるということも大事だし、条件の1つだと思うけれど

そこには無いんだということが、少しだけわかってきたような気がする。

clubclubclub

昨日の17歳の彼女は、今のままじゃ、一生懸命踏ん張っても

居場所は見つからないし、多分幸せにもなれない(お兄ちゃんも同じことを

多分思っている)

あの番組、どういう意図で局が作ったのかなんて知らないけど

見る人側からしたら「自業自得」みたいに思う人だっているだろう。

それはそうかもしれない、けど、私は彼女が近くに住んでいたら

友達になりたい。どうしてかって言われてもわからない、本能で感じる何か、

なんだよね。彼女は彼女なりに必死に生きているのが伝わってきた、

だから間違いがあろうとしても、彼女には頑張って生きてもらいたいなぁなんて

思ったりして。

さてさて、今日も一日ふぁいとーpunch

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緑のトンネル

200805141702001_2 毎日、この桜並木を通って

 仕事に向かう。

 家からすぐ近くにある、桜並木。

 以前の職場に通うときも

 この道を通っていた。

 鬱蒼とした緑のトンネルは

 春の季節は本当に春色で

 散る花びらを見ると毎年思い出すことがあった。

 今、緑のトンネルを抜けるたびに

 とっても清々しい気持ちになる、

 目標に向かってがんばろって気持ちになる。

 昨日、何となく見てたテレビで、17歳の

シングルマザーっていうのをやってた。

「家族が出来たら幸せになれる」って錯覚しちゃうんだよね、

居場所ができるんじゃないかって。

何かわかる。私もそんな風に思ってたし。

でもそれって違うんだよね。逆に言ったら、家族が出来なくたって幸せにはなれる、

家族がいても本当の居場所があるとは限らないし。

(実は本当の居場所を持っている人は思っているより少ないんじゃないかと

思ったりもする)

あのお兄ちゃんがいい事言ってた。

「父親がいなくてもそんなの気にならないようにお前(その17歳の子)が

もっと踏ん張らないと」(実際言った言葉は少し違うと思う)というような内容。

そーなのだ、あのお兄ちゃん、大人だなぁ

そして家族っていう形じゃない、っていうことを多分知っている。

そして自分なりに一生懸命踏ん張っても、上手くいかないこともあって

でもその時は自分の至らなさとか実力とか現実とかを素直に認めるしかないんだろう。

あーー私も踏ん張ろっと。

 

 

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スカパー

放送大学を見るために契約したスカパーなんだけど

我が家では「選べる15」に加入している。

(放送大学は無料)

でも見るチャンネルは固定されてきた気がする。

最も見るチャンネルは721(フジ)と724(アニマックス)731(MonTV)、殆ど毎日か?

たまに、ナショジオやアニマルプラネットなんかも見たりする(おもしろい)

結局チャンネルがたくさんあっても、録画できる番組は限られているし

1センチほどある番組表もチェックしきれないんだよね。

だからたまに「こんなチャンネルでこれがやっていたのかぁweep

っていうことも起こったりして。

去年末には小田さんのPV特集があったんだよね(珍しいかも・・)

もちろん録画して、再生の繰り返し。

カウントダウン100でも、たまにPVを少ししか流さないアーティストがいるんだけど

小田さんはしっかりそちらに含まれている(笑)

今日はレミオだし、金曜はツアー最終日(沖縄)の生中継!

apbankも放送するんだよね・・3日間分、でも去年は中止があったから

一日分だったけれど。今年もおだっち、やっぱ出るねーでも二日目。

私の中では二日目のほかのアーティストがあまり興味が無く(笑)

他に普段聞くのは、中村中だけsweat01

一日目のほうが良かった、なんて思っているけど、

それより何より、マイスケジュール帳を見てみたら、土日とキャンプ予定が

入っていた・・・

話がそれたけど(笑)契約したけど全く見ていないチャンネルがひとつ。

時代劇チャンネル・・・・

どうしてこれを契約したのか・・・わからない

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連休の出来事①岐阜

あんなに待ち遠しかった連休も、ホントあっという間に過ぎてしまった気がする・・

どうして休みはあんなに早く終わってしまうんでしょうかねぇ?(笑)

さて。3~6までの休み期間、ずっと出っ放しでした。

楽しいけど懐は真冬のようcoldsweats01

初日3日は、またしても岐阜の、東海北陸自動車道川島PA(ハイウェイオアシス)内の

オアシスパークと河川環境楽園へ遊びに行ってきました。

ここ、去年も行って、なかなかよかったんだよね、

子供達にまた行きたいとせがまれたし。

私は本当はお花畑みたいな所がよかったんだけど(笑)

朝早く(7時前)に出たのに、(連休中は7時前なんて早くないということが後ほど判明)

東名にのってすぐ(三ケ日IC手前)で渋滞に・・・

動かないわけじゃないんだけど、超のろのろ運転。

三ケ日のトンネルを抜けたら少しよくなったものの、また渋滞に。

この先、岡崎を過ぎ、名古屋ICから小牧JCT周辺、それを過ぎた一宮から一宮JCT

・・・ずっと渋滞ポイントが続く・・計算してみると到着が昼過ぎるぞ・・・

ふと案内を見てみると、東海環状自動車道(豊田JCTから入る)は

渋滞情報がでていない・・・

ということで、急遽予定を変更し、東海環状を使い、美濃関JCTから東海北陸の

上り線に入り、川島PAに行くルートをとることに。

距離的に遠回りになるけれど、確かにそれ程混んでいなくて

(中央高速に入る土岐JCTは混んでいたけれど、そのまま東海環状へ繋がる

ルートは空いていた)それがよかったのかどうかわからないけど、

11時には現地に到着happy01

早速、まず「アクアトトぎふ」(淡水魚水族館)へ。

子供達曰く「珍しい魚がいっぱいいる」

以前書いたけど、水族館には、雰囲気を楽しめるものと、一見地味だけど

オタクには嬉しいマニアックな魚がたくさんいるところの二つに大きく分かれると

私は思うんだけど(水族館は大小問わず、結構あちこち行ってるんだよね)

ここは後者タイプと思われるんだよね。

しかも、淡水魚・・・地味(笑)

でも、こじんまりとアシカショーをやっていたり(見ていないけど)、

子供が好きそうな魚にさわれるコーナー(結構広い)があったり

カピパラさんがいたり(めちゃくちゃかわいいheart01

それなりに楽しめるのではないかと思います。

そして持参したおにぎり(米4合分・・重い)を、その奥(?)にある、広場

(環境楽園)にて摂取。

これは去年の反省を生かしたんだよね(笑)

今年は、敷物2枚と枕(寝袋についている小さいやつ)

小さめのタオルケット、おやつ、を持参。

どうして敷物2枚かって言うと、私が寝るためsmile

子供達は、小川で遊んだり(もちろん中に入れる)、川の体験館(正式名称不明)に

行ったり、園内を散策したり。

私は、長時間の運転の疲れがどーーーーっと出て、しかもとても暑くて

動く気になれず、ひたすら寝ていました。

うっすら目を開けてみると、青空と緑のコントラストと光の線が。

すごく気持ちよかったです。

200805031523000_2

ところで、帰りなんだけど、そのまま東海北陸の上り線に入ってしまったので

(上り線からは、直接この施設まで歩いて入ることができる、らしいので

PAの駐車場において歩いて行ったため)

浜松西ICの券を持ったまま、西ICに到着・・・

理由を料金所のおじさんに話し、事務所で支払いを済ませたんだけど

後日、裏技(?)が可能だったと判明し・・・

ここで公に書くことはしませんがsweat02私は多分この裏技は使用しないと思います。

だって、そーゆーの好きじゃないからさsweat02バカかもしれないけどcoldsweats01

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常識?

以前言われたことがある

「安物の常識に捉われない人だ」と。

うーーーん、それは褒め言葉なのかな???(笑)

そもそも常識とは一体・・・

「世間一般でこうあるべきと考えられている行動」のこと?

よくわからない。

私は正直、世間で言う常識から外れたことを結構やっている(やっていた)と

思っているので、常識について語る資格もないのではと思ったりもする。

ただ日常に「子供のために離婚することは絶対よくない」と言い張る人、とか

「仕事をしていると子供がかわいそう」とか言う人は結構いるけれど

(本当に多いのだ)

そういう上辺だけで決め付ける人とは、私は友達には決してなれないのだ(笑)

もう根底の、人間観みたいなのが違う。

もちろん必要なお付き合いはするけれど、決して深入りはしない。

そういう「離婚することはよくない」っていうのも、世間一般で言う常識、なんだろうか、

そうかもしれない。

でも私の両親は離婚してなかったけど、子供が幸せじゃなかったけど(笑)

だから揃ってりゃいいってわけじゃない、っていうのは自分が身を持って知っている。

逆に、幸せな家庭に育った人は、それが「絶対条件」となるんだろうから

そういう考えになるのもわかるような気もしないわけではない??

かといって、「離婚して1人で頑張って育てている」人だとか

「仕事していたって関係ないよ」って言う人がいて、

でも友達になれるか、というと、そうでもないのだ。

そして、逆に「子供が居るから仕事しない」という人でも

仲良くしている人もいるのも事実。

その違いは、一体何か・・・・。

何となくわかっているけれど、上手く言葉にできない。

それらは全て、本能で何かを見分けている・・・・

なんだろう?本能、って。自分の脳なのに、全くわからない、不思議な部分だ・・

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ブログとアイデンティティと自己顕示欲と。

以前「ブログが面倒くさくなるとき」ってタイトルで書いたけど。

今現在でも、深く考えると「ブログってなんだか変な場所だなぁ」って思うときがある。

以前Yブログをやっていたとき、途中から特定個人とのやりとりについて

記すことについてすごく嫌な感じに思えて仕方が無く、一切やめることにした。

ここで言う特定個人って、ブログ上で知られている特定個人、っていうことね。

表に見える面(ブログ)で特定の人とやり取りすることを記すという行為そのものが

自己表現&自己顕示欲のような気がしてならなくて、体中がかゆくて(笑)

私は、ブログとリアル生活は別物として扱っているので

もしブログで知り合いリアルにお付き合いする様になったら、やりとりは

ブログという場所の見えるところでは基本的に行わないという主義(?)なのだ。

そういう意味で、私は彼のやっているブログのスタイルは好きではない。

不特定多数に読んでもらいたいと本人は思っているのに

あれでは不特定多数は非常に入りにくい雰囲気をかもし出している。

(本人はそれに気付いているのかどうかは定かではない)

それは彼にもはっきり言ったことがある。そしたら、親しい(男性の)知り合いにも

同じことを指摘されたと(笑)

多分、自己を確認したい場所、でもあるんだろうなぁ

だからああいうスタイルをとっているわけで、それはその人のとりたい形であるから

私がそれ以上口出しすることも無いと思うし、色んな方法でよいのだと思うけれど。

そう考えると、私の今やっているこのブログだって、よく読んでみると

自己顕示欲の塊のような気がする(笑)

誰も自分という存在をアピールしたいと思っているのかもしれない。

ただ、思うのは、やっぱブログはブログなんだ、って。

本当の意味でその人と向き合っているか、というと、そうではないように思う。

本当の人間関係(友人関係)って、ヤな部分もたくさんあって、

いつもきれいなことばかり並べてくれる関係は、私は違う、って感じる。

(もちろん言い方は大事だけど。)

最初は「えー?」って思うけれど、しばらくその言葉を寝かしていて、

また起こしてみると「・・・・なるほど」と頷いたりすることも、ある。

ちなみに私の彼はひどい(笑)

ブログ記事を読んでよくダメだししていたし(笑)

(いや、私もダメだししてるな・・・・)

その時は心から失礼な人だと憤慨したけれど、いま思えば、それも一理あると思ったり、

そういう考え方もあるんだと思えたりする。

話がそれたけど(いや元々まとまっていないか・・・)、ブログは多くの「錯覚」を

覚えてしまうところでもあると、思う。

基本的に違う意見を持つ人はそこに集まらないから。

(もし集まる場合、冷静を通り越して炎上になっている。文字だけのやり取りは

難しいとつくづく感じる)

でもそれではそこから何も進まない。もちろんそこで自分は受け入れられるんだと

はっきりと自覚できたら、次の場所へ移らないといけないんじゃないか、と

最近はっきり思うようになってきた。

基本的にここで書いていることは、言葉を変えて、自分のリアル生活の中で

発信している。(もしくは実際に起こったやり取りを書いている)

Yブログの頃は、ブログだけで発信していたけれど、それでは結局何も変わらないのだと

教えてもらったのもブログで、だから、

ブログも使い方次第なんだろうか?

そしてどう使うかは、やはりその人その人の色んなやり方によるわけで。

「たかがブログ、されどブログ」

て昔書いたけど、やはりそうか、恐るべし、ブログ(笑)

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選んだ結果

昨日は同期のAちゃんと飲みにでかけました。

Aちゃんとは年齢も、家も近いから、時々一緒に飲みに出かけたりするんだけど、

彼女は今年事務職へ異動したので、話題は専らそのこと中心。

彼女いわく「(職変)異動するならやっぱ(年齢が)若い方がいいと思う」

そうだよなぁ。新しいことを始めるとき、年齢が上であればあるほど

なかなか吸収しにくくなっているし、慣れるのにも時間がかかったり

なにより指導してくれる人が年下の確立が高くなるのでお互いやりにくい、らしい。

そんな話を延々しながら、思ったのは、

今自分が置かれている状況というのは、自分自身が作り上げた結果、なのだと。

よく「○○だから出来ない」とか「無理」とか言うけど

○○だから出来ない、んじゃなく、「○○だからやらない」なのではないだろうか?と。

要するに○○のせいにしている部分がある、ということ。

本当に本当に心からそうしたい、と思ったとき、目の前に大きな困難があると

予想されても、あらゆる方法を模索して、試し、引き返しながらも進んでいくもの

なのではないだろうか?と。

だから今自分の周りの状況(例えば離婚している、とか仕事の種類、とか

趣味の世界のこと、とか、もろもろ)は自分が選んできた結果がここにあるんだろうなぁ。

今置かれている状況に満足しているか?と言われると、微妙だ。

求めればキリがないけれど、求めなくなったらそこから何も変わらないわけだから

そうはしたくないなぁと思うのと同時に、やはり自分の置かれている状況を

他のものと比べてあーだこーだいうのだけは、しないようにしたいなと、思う。

(まぁ元々そういうのは好きじゃないしマイペースなとこがあるからあまりしてないと思う)

他のもののようになりたければやはり努力するしかないんだろうし

チャレンジして努力してそれでも達成されなかったとしたら、私は絶望するのではなく

いい意味で諦めがつくと、思う(これは人によって違うのかもしれないけれど)

ということで、来年度は区切りもいいし、自分の人生の一部、大きく変えてみようと

決心した飲み会(?)でした。

さてさて。

これからおにぎり作って、出かけます(笑)

(昨日のお酒は多分抜けている・・・・多分)

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