私の親は、とにかく私を支配したがっていた。(後から思えば、だけど。)
そして私はそれが苦痛で仕方なかったんだけど、それでも従っていた。
以前『毒になる親』を紹介したけれど、あれにぴったり当てはまる私の親は
まさに『毒になる親』だったというわけだ。
それは私自身がそのことに気が付くまでは毒になる親、だったということにも繋がる
わけなんだけど
それに気が付いたらからすぐに治るっつーモンでも無いとも
思うけれど、取り合えず気が付いただけでもよかったと、思っている。
さてさて。
ここで冷静に振り返ってみると、私の親はよく
「私達のいうことを聞いていれば間違いないのよ」と本当にしょっちゅう言っていた。
本当にそうなのか?と疑問を持ちつつ、そうしないと恐ろしいことになるとも
知っていたので、従っていたわけだけど、それを初めて破ったのは
結婚したとき、だろうか。
でも結果として離婚したわけで(今思えば離婚したことは大正解)
その時「ほら、やっぱり」「言うことを聞かないからだ」としつこくしつこく言われ
その頃からやはり私は親の考えとは違うんだということにはっきりと気が付いた。
「失敗することはよくないことだ」という考えが根底にあると思われる。
そのほかに「離婚することは恥ずかしいことだ」という考えもある。まぁこれは親の年代
では仕方ないことなのかもしれない。でもそれをはっきりいわれた私って一体・・・
ここで関係ない話になるんだけど、いつも行く美容院のお兄ちゃん(30歳だけど)も
バツイチ、しかも結婚して1年くらいで別れてしまい、現在は子持ちバツイチ女性と
再婚し、幸せに暮らしているようなんだけど、その彼が離婚したとき
「おやじに、しばらく黙っていた後『まーそーいうこともあるな』て笑っていわれて
拍子抜けしたんですよ」って言われたという話をして、私は「うーんいいお父さんですねぇ」
と答えたら「え?そうですかっ?」って言っていたけど、離婚したことがいい事という
意味で言っているんじゃなく、「そういう選択をした息子」そのものを認めてあげている
ということが伝わってきて、そういう意味でいいお父さんだと私は答えた、んだけど。
話しを元に戻すけれど
だから私は親に、何事においてもいつも先回りして、失敗しないように設定されてきた。
でも思うんだ、失敗することはほんとによくないことなんだろうか?と。
大切なのは自分が悩み、考え、決めたことを実行してみる、ということなのでは
ないだろうか?と。そして、その結果の責任も自分でとる、それが自立すると
いうことなんじゃないのかな??
もちろん、小さいときは自分で決める、責任を取る、ということは困難だろうから
親が示してあげたり、カバーしてあげなきゃならないのだろうけれど
(これは以前付き合っていた彼に言われた)。
「失敗しないように」してあげたい、というのは、実は親のエゴというか支配したいという
気持ちの裏返しのような気がする。
支配したいという気持ちは、子供の自立を妨げることだと、思う。
失敗しないようにさせたいということは、無意識のうちにそのように親が設定している、
というか、親の思うような人生(失敗しない=上手くいっている人生)を歩ませたいという
やはり一種の支配、そんな気がする。
私は、失敗するときもあるんだと、思う。間違えてもいいんだと、思う。
大切なのは、失敗してもあなたはあなただ、という気持ち、っていうか
それでもいいんだよ、という目というか。上手く言えないんだけど。
そこから立ち直るのも、自分自身の力、でもそっとフォローしてあげる、
どこが悪かったのか、どこを変えればいいのか、それを見つけるのも自分自身、
でもそっとフォローしてあげる、難しいけど。
何でも失敗なく、完璧にできることなんて、あるんだろうか??
間違える時だってあるし、至らないことだってあるし、不完全なときもある
・・むむ・・・レミオの「Wonderful&Beautiful」の歌詞に似てるぞ(笑)
でもそういう自分も自分なのだと思えることのほうが、失敗しないということより
大事なような気がする。
もちろん同じ間違いを何度もするのはどうかと思うけれど・・
(そーいう意味では私はあまり言えないんだけど・・・
)
失敗するときもある、でも反省はしっかりしたい、そして次に生かす、
まず私自身がそのようにすることなのかな。
(親に関しては、他にも書いてみたいことが山ほどある・・・
ホント子供に依存する親
なんだよね・・・
重いっつーか、自分自身のことや、自分の気持ちの面倒を
人に見させることがこれほど不快且つ恥ずかしいことなのかということが嫌ほど分かり、
自分自身の反省にも繋がっている、だから
それはそれでいい経験なんだろーけどさ
)
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